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No.002 / 東三河

父から継いだ社員7人の会社で、最初にやめたのは「全部自分でやること」

早川建設株式会社 代表取締役 早川 直人はやかわ なおと

◉ 豊橋市▪ 建設▸ 継承

現場も、見積も、営業も、経理も。3代目が継いだ時、会社の仕事は全部、社長の頭の中にあった。それを外に出す作業に、5年かかった。

原点

祖父が始めた、大工の会社

祖父が一人親方から始めて、父が法人化しました。私が継いだのは34歳の時、社員は7人でした。継いだ瞬間に思ったのは「これ、父がいなくなったら何も分からないな」ということです。見積の根拠も、職人さんとの付き合い方も、全部父の頭の中にありました。

転機

手順書を書くのに1年かかった

最初にやったのは、父に全部を書き出してもらうことでした。嫌がられました。そんなもの書いても意味がない、現場で覚えるものだと。それでも1年かけて、見積の考え方、材料の選び方、職人さんへの声のかけ方まで文字にしました。書けないことは教えられない。書き出してみて初めて、父も自分が何をやっていたか説明できるようになりました。

「自分がいないと回らない会社は、自慢じゃなくて欠陥です」
いま

21人になって、社長がいなくても回る

今は21人です。私が現場に出るのは月に数回。見積は3人が独立して作れます。売上は当時の3倍になりましたが、一番の変化は、私が2週間休んでも会社が止まらなくなったことです。去年、初めて家族と1週間の旅行に行けました。

「手順書を書くのに1年かかりました。書けないことは、教えられないんですよ」
これから

職人を、雇える会社であり続ける

建設業で一番きついのは、若い職人が育たないことです。育てるには、育てている間の給料を払える体力が要る。だから利益を出すことは、格好つけではなく生存条件です。3年後に30人、そのうち20代を10人にしたい。数字より、その10人が10年後も残っているかどうかが本当の目標です。

DATA

社名
早川建設株式会社
代表者
代表取締役 早川 直人
所在地
愛知県豊橋市
業種
建設
創業
1962年
従業員
21名
売上高
8.2億円

MESSAGE / これから入る人へ

現場は正直きついです。でも、自分が建てたものが50年残る仕事は、そう多くありません。豊橋の街を歩いて、あれもこれもうちだと言える人生は、悪くないですよ。

最終更新:2026年7月29日 / 取材・編集:みかわ社長図鑑編集部

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