図面を渡され、言われた値段で受ける。それが当たり前だと思っていた。鈴木精工が単価交渉を始めたのは、2代目が継いで7年目のことだった。「うちが潰れたら、この部品は誰が作るんですか」——その一言から、取引の形が変わった。
大学を出て名古屋の商社に入りました。三河には戻らないつもりだったんです。父の工場は油の匂いがして、休みもなくて、正直かっこいいと思えなかった。転機は28歳の時。父が入院して、経理を手伝いに帰ったら、決算書を見て言葉を失いました。売上は3億あるのに、利益がほとんど残っていない。これだけの人が朝から晩まで働いて、なぜ残らないのか。その理由を知りたくて、そのまま居座ってしまいました。
継いで7年、値上げを一度も言い出せませんでした。断られるのが怖かった。動いたのは2019年、鋼材が上がり続けて赤字受注が並んだ時です。主要取引先10社を回って、原価表を全部開いて見せました。人件費がいくら、材料がいくら、だからこの値段では続けられませんと。最後に一言だけ添えました。うちが潰れたら、この部品は誰が作るんですかと。7社がその場で条件を見直してくれました。3社は取引が終わりました。でも、終わってよかった3社でした。
今は受注前に4つの基準で判断しています。粗利率30%を切らないか。納期に無理がないか。図面の精度が担保されているか。担当者と話が通じるか。ひとつでも欠けたら受けません。社員全員がこの基準を知っているので、私がいなくても判断できます。単価は平均で1.8倍になりました。売上は思ったほど伸びていませんが、利益は3倍です。残業は月28時間から11時間に減りました。
3年後に自動化ラインをもう1本入れます。人を減らすためではなく、若い子に任せられる仕事を増やすためです。今、20代が4人います。この地域で製造業を選ぶ若い人は減っていますが、ゼロにはなっていない。選んでくれた4人が、40代になっても続けられる会社にしたい。それだけです。
MESSAGE / これから入る人へ
うちは特別な技術がある会社ではありません。ただ、誰かが作らないと困るものを、まじめに作り続けている会社です。派手さはないですが、それでいいと思える人に来てほしいです。
最終更新:2026年8月5日 / 取材・編集:みかわ社長図鑑編集部
この社長が出ている対談
鈴木 誠一 × 杉浦 美香 → 読む